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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6117号 判決

原告 株式会社三露

被告 丸田善四郎 外二三名

主文

被告松沢敏雄、久保井一郎、山田貞子及び渡辺美枝子の四名は原告に対して、別紙原告準備書面添付の物件目録(1) の宅地四〇坪(別紙図面の二重線でかこんだ部分)と右地上にある同目録記載の建物二棟及び右地上の北西側にある井戸を引渡すこと。

その余の被告等に対する原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、第一項の被告四名に関して生じた部分は同被告等の負担とし、その他の分はすべて原告の負担とする。

事実

原告の請求の趣旨及び原因は、別紙準備書面(その七)記載のとおりである。

被告松沢、久保井、山田及び渡辺の四名は本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面をも提出しない。

その他の被告等(以下、被告丸田等と略称する)は、別紙準備書面記載のとおり答弁した。

証拠関係は、

原告において甲第一ないし第八第九号証の一ないし六号証を提出し、証人三露実及び原告会社代表者並びに鑑定人川村達郎の尋問を求め、乙第七号証の一ないし四の成立を認め、その他の乙号証の成立は不知と述べ、

被告丸田外一三名代理人は乙第一ないし第六号証、第七号証の一ないし四を提出し、現場の検証、証人野村静子、被告本人清水光之、大谷久一及び伊藤弘並びに鑑定人川村達郎の尋問を求め、甲号各証の成立を認め、被告清水外五名代理人は甲号各証の成立を認めた。

理由

一、被告丸田等に対する請求の当否

本件土地四〇坪は、その一部が原告の所有地で、他の一部は訴外家本トハの所有地であるが原告が右訴外人より建物所有の目的で賃借りしている土地であること、原告が本件土地に接続する地所に店舗建物一〇棟を所有し、三五店舗から成る久ケ原マーケツトを経営しており、被告等が原告からそれぞれ右マーケツト内の店舗各一戸を賃借している者であること、本件土地には原告主張のような便所、夜警小屋及び井戸があり被告等が右の施設及び土地を占有使用していること、便所及び井戸が原告の所有に属すること、原告は昭和二八年八月一日設立された会社で、原告会社が設立されるまでは訴外三露謹吾が久ケ原マーケツトの経営に当り、会社設立とともに原告が右マーケツトに関する訴外謹吾の権利義務を承継したものであることはいずれも当事者間に争がない。

原告は、被告等に対して本件土地は勿論のこと、便所、夜警小屋及び井戸を賃貸したこともなければ法律上これが使用を許諾したこともないのに、被告等は昭和二五年一月頃から不法に右の土地及び施設を占有していると主張し、被告等は右土地は久ケ原マーケツトの敷地で、便所及び井戸はマーケツトの店舗賃借人にとつて営業上からも生活上からも不可欠の施設で、被告等は原告からこれを共同して賃貸したものであり、仮りに賃貸借でないとしても使用貸借の関係が成立している。また、夜警小屋は被告等の共有に属するものであるから、本件土地及び施設の占有は適法なものであるという。よつてこれらの本訴物件に対する被告等の占有の適否を判断する。

(1)  現場検証の結果によれば、本件土地はその北側及び東側はコンクリート塀と生垣によつて隣地と境界づけられ、西側はストレート塀に画されて久ケ原デパートに接し、南側は久ケ原マーケツトに直接してそこにマーケツトの通路口が開き、境界物らしきものは全くなく、地形の状況からすれば本件土地は久ケ原マーケツトの敷地の一部をなしているものと認められる。しかして、

(2)  原告が久ケ原デパートを建築する際、その建築確認申請書類に本件土地をデパートの敷地として記載しなかつたことは原告の自認するところであり(昭和三二年八月三〇日の口頭弁論調書参照)、

また、

(3)  久ケ原マーケツトが一〇棟三五店舗から成ることは当事者間に争がなく、証人三露実の証言被告本人清水光之、大谷久一、伊藤弘及び原告会社代表者の各陳述と現場検証の結果を綜合すれば、久ケ原マーケツトの店舗はいわゆる店舗住宅であつて、一三〇名位の者がここに生活し、内一〇〇名位の者がマーケツト内の店舗で寝起きしているが、便所のついている店舗は河津被告の店舗だけであつて本件便所といま一つある便所がマーケツトが住居者全員の共同便所として使用されていることが認められ、また、水道は生魚や肉を扱う数名の者の店舗にはとりつけてあるが、その他の店舗には水道の設備が全くなく、共同水道は二個所だけで、しかもその出水状況がわるいため、本件井戸は盛んに利用され、出店者にとつては炊事、洗濯等の日常生活の上からいつて欠くことのできないものになつており、八百屋、魚屋、花屋などにとつては営業上も必要なものになつていることがわかる。また、本件夜警小屋は、昭和二四年頃、原告の前主の訴外三露謹吾が屋台店を移して物置として使用していたものであるが、翌二五年頃、出店者の申出によつてこれを夜警小屋として提供し、出店者においてこれを改造して夜警小屋として使用してきているものであり、また、久ケ原マーケツトには他に適当な空地がないので、本件土地には物干場が設けられて物干に利用されたり、荷ほどきや空箱の整理場所などにも使用されており、従来、叙上各種の使用につき原告及びその前主の訴外三露謹吾から何等異議の申出がなかつたことが認められる。

右認定したところからすれば、本件土地は久ケ原マーケツトの敷地の一部で、本件土地はその地上にある係争の便所、井戸及び夜警小屋とともにマーケツトの出店者である被告等にとつて必要不可決のものであることが明らかである。しかして、被告等が店舗の賃貸借によつて当然に本件土地及びその地上にある便所及び井戸を使用できるものと考え、その使用を前提として店舗を賃借りしたものであつて、原告側でもこれが使用を許したものとみるべきものとなることは条理上当然のことであつて、この点は証人三露実及び原告会社代表者の供述からも容易に窺うことができる。従つて、被告等は本件土地及びその地上の便所及び井戸を使用すべき法律上の権限を有するものというべく、また、夜警小屋についても被告等がこれを夜警小屋として使用することにつき原告側の許諾を得ているものである以上、その所有権の帰属はしばらく措くも、被告等がその使用権限を有すること明らかである。ところで、成立に争いのない甲第一ないし第三号証に証人三露実及び原告会社代表者の供述を綜合すれば、原告と被告等の店舗賃貸借契約は文字どおり店舗の賃貸借であつて、本件土地の係争の便所、井戸、夜警小屋等の施設についてはなんら特別の取りきめのないことが明らかであるから、被告等の前記使用権限が賃貸借上の権利なのか、それとも使用貸借上の権利なのかについては若干の疑がないでもない。しかし、一般に、家屋の賃貸借の場合には当事者の意思からみても契約の目的からいつても家屋の外にその敷地についても当然に賃貸借が成立しているものとみなければならぬ合理的根拠はない。家屋の外に敷地についても賃貸借が成立しているというのはいわれなき擬制にすぎない。特別な事情のない限り、家主は借家人に対して家屋の有償使用を許すと同時に家屋使用の必要上その敷地についてもその無償使用を許すのであつて、敷地については、家屋の賃貸借と同時にこれに附随して、敷地上の附属施設をも含めて、使用貸借関係が成立し、この使用貸借関係は家屋の賃貸借と主従の関係にあつて、これとその運命を共にするものと解するのが相当であると思う。ことに本件土地のようにそれが各個の賃借店舗の各別の敷地ではなく、マーケツト全体の包括的な敷地であるような場合には益々もつて然りといわざるを得ない。」この点につき、証人三露実及び原告会社代表者は本件土地及びその地上の井戸、便所及び夜警小屋は、マーケツト全体の共同施設として原告会社においてこれを所有管理し、被告等にその使用を認めているだけのことであつて被告等に法律上の使用権限を与えたものではないというが、これは単なる同人等の主観的見解で、右の判断の妨げとなるべき性質のものではない。蓋し、法律行為は条理に従つて客観的に判断すべきものだからである。また、原告は使用貸借なることを理由として本件においてこれを解除するというが、その失当なることは使用貸借と賃貸借の一体性に関する前記説明からいつても民法五九七条の規定からいつても洵に明らかであるといわねばならない。

右のとおりであるから、被告等の不法占有を前提とする原告の第一次的請求は理由がない。

原告の第二次的請求は、正当事由による賃貸借の解約を請求原因とするものであるが、前記のように本件土地及び地上施設の使用関係が賃貸借ではなく、使用貸借なる場合には使用貸借の解約の主張をも含むものとみるべきものだろう。そこで、鑑定人川村達郎の鑑定の結果によれば、原告が久ケ原デパートを本件土地まで拡張し、本件地上にデパートの建物を建てることはいわゆる建蔽率の関係からいつて、建築基準法上許されないものであることが明らかであるし、また、デパートを拡張すれば被告等もこれによつて営業上の利益を得ることができるとの原告主張事実はこれを肯認すべき資料がなく、却つて弁論の全趣旨から推せば、被告等はデパートが拡張されれば営業上著しい不利益をうけるおそれなしとも断じ難いので、原告のいう正当事由はすべてその前提を欠くものといわねばならない。なお、原告は被告等に対して明渡の代償として金五万円を提供するというが、本件の場合には諸般の状況からみて五万円の提供によつて正当性が生ずるものとも思われないから、原告の第二次的請求も亦その理由がない。

二、被告大谷久一に対する請求の当否

被告大谷が昭和二五年頃から原告主張の土地約〇・八坪の上に建物を増築して右土地を現に占有していることは当事者間に争いがないが、証人三露実の証言の一部と被告大谷久一本人の陳述によれば、同被告は当時の久ケ原マーケツトの所有者であつた訴外三露謹吾の長男で、謹吾とともにマーケツトの管理経営にあたつていた訴外三露実の承諾を得て建物を増築したものであつて、爾来、訴外謹吾もその承継者たる原告も本訴提起までは一度も右増築について異議を述べなかつた事実を認めることができ証人三露実及び原告会社代表者の供述のうち右認定に反する部分は採用しない。従つて被告大谷の不法占有を前提とする原告の請求も理由がない。

三、被告丸田等以外の被告等に対する請求の当否

被告等は原告の主張事実を明らかに争わないので、これを自白したものとみる外はなく、これによれば原告の請求は理由ありというの外はない。なお、仮執行の宣言は本件に適当でないので、これをふさないことにする。

右の次第であるから、被告丸田等以外の被告等に対する原告の請求はこれを認容し、その他はすべてこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

別紙

準備書面(その七)

請求の趣旨

第一次的請求

原告に対し被告等は別紙目録(1) 並に図面(二重線で囲んだ部分以下同様)記載の宅地四十坪及びその地上に存在する別紙目録記載の建物を明け渡さなければならない。

原告に対し被告等は別紙目録(1) 並に図面記載の宅地の北西側に存在する井戸を引渡さなければならない。

原告に対し被告大谷久一は別紙目録(2) 記載の土地をその地上建物増築部分(約八合)を収去して之を明渡さなければならない。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との御判決並に仮執行の御宣言を求める。

第二次請求

(但し第一次的請求の第一、二項について第一次的請求が仮りに理由なき場合)被告等は原告が別紙目録(1) 並に図面(二重線で囲む部分)記載の宅地の東北側面に二坪六合の木造ルーヒング葺平家建便所壱棟を建築提供すると同時に右土地の内西側別紙図面(赤線で囲む部分)記載の三十一・九六坪の土地及びその地上に存在する別紙目録記載の建物を明渡さなければならない。

被告等は原告が右土地東南側面にポンプ式井戸を施設して提供すると同時に右土地の北西側に存在する井戸を引渡さなければならない。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との御判決を求める。

一、別紙目録並びに図面記載の土地のうち約二十六坪三合は原告が所有し約十四坪三合は訴外家本トハが所有するところであるが、昭和二十年五月頃訴外三露謹吾は普通建物所有を目的として期間の定なく之を賃借し同人が昭和二十八年八月一日原告会社を設立すると同時に地主の承諾を得て当該賃借権は原告会社に承継された。

二、然るに東京都大田区調布鵜ノ木町十番地久ケ原マーケツトの中の一店舗を夫々原告より賃借している被告等は前記本件土地等を占有すべき何等の権限をも有しないのに後記便所、夜警小屋、井戸等を占有することによつて昭和二十五年一月頃より不法に本件土地を占有している。

三、(イ) 別紙目録記載の家屋(夜警小屋、便所)は勿論原告の所有する処であるが、元来この夜警小屋は昭和二十四年頃藤原某が目黒区大岡山の路端に於て露店(飲食店)として使用していたもので当時露店の出店禁止に会つて右藤原は遂に露店を廃業し、当該小屋の処置に窮していたので、三露謹吾が之を買い受け、小屋の取壊をすることなく車で本件土地に搬入して現在場所に置き爾後三露個人が物置小屋に使用していたものを昭和二十五年五、六月頃になつて被告等を含む久ケ原マーケツトの出店者等が火災予防のため専業夜警員を傭うということを聞いて-それまで被告等並に他のマーケツト出店者は順番で夜警を担当し夜警詰所は空屋を使用したり被告等の家等を交替に使用していた-三露は右夜警員に使用させるため本件家屋を解放したにすぎず、便所も夜警小屋も勿論被告等に対して賃貸その他の契約を以て貸与したる事実は存しないのであるが、被告等は之に対し賃借権或は又占有権の存在を主張して不法に占拠し任意の明渡をしないで之が明渡を求める。

(ロ) 井戸は本件土地が従前より三露謹吾の屋敷であつた関係からその必要上三露が掘鑿し、三露は該井戸を継続して使用して来ているが、右夜警小屋同様不法に之を使用し引渡をなさないので之が引渡を求める。

四、尚前記の本件家屋(夜警小屋)並に便所、井戸は何れも原告会社設立後間もなく原告会社に移転した。

五、被告大谷久一は何等の権限も有することなく昭和二十五年頃より別紙目録(2) 記載の宅地上に建物を増築して該敷地約八〇・八坪を不法に占有しているので之が明渡を求める。

六、被告等は前記の如く東京都大田区調布鵜ノ木町十番地に原告が建築所有している店舗建物十棟合計三十五店舗の所謂久ケ原マーケツトに於てその内の一店舗を原告より借り受け夫々日用品関係の営業をしているものであるが、原告又は原告の前主三露謹吾は之等の被告等に対して夫々異なる日時に各々別個の契約を以て単に店舗一戸分のみをそれもなるべく日用品関係の種々の業種を選び店舗の割振りなど考慮して賃貸したに過ぎないのであつて、別段本件土地及び本件土地上の便所、井戸等を被告等に共同して賃貸することなどしたことは全くないのである。

然るところ久ケ原マーケツトは被告等が逐次店舗の賃借人となつて営業を開始するに及んで名実共に立派なマーケツトになつていつた。然し同じマーケツトで営業しておりながら何等の親睦も計れないのでは仕事の面に於ても何かと不便を感ずるという事で被告等を含むマーケツトの親睦会なるものを組織し、後昭和二十五年五月頃久ケ原マーケツト商業組合なるものを組織するようになつた。

その間原告は本件土地内の家屋(夜警小屋)便所、井戸等を被告等にも一般的に解放(特に便所井戸は原告並に前主の三露謹吾が被告等に提供して使用させていた事実は存在しない)していたことから、被告等は本件土地を占有すべき何等の権限をも有しないのに、被告等が組合組織を作る少し前の昭和二十五年一月頃から右便所、井戸等が存する本件土地を不法に占有する意思を以て占有するようになつたのである。

七、依つて原告は本件夜警小屋、便所、井戸は何れも所有権に基いて夫々明渡又は引渡を求め、本件土地の内その所有部分については所有権に基いて、又、訴外家本トハ所有の土地については賃借権者として債務者家本トハに代位して同人の所有権に基く返還請求権を行使して本訴請求をなす次第である。

八、原告の本件夜警小屋に関する主張が仮りに若し容れられないものとして、被告等との間に何等かの使用貸借契約が存在するとすれば、原告は昭和三十一年十月三十日(原告の昭和三十一年九月十七日準備書面(その二)の陳述によつて)付を以て当該使用貸借契約を解除したので之が明渡を求める。

九、尚被告等の主張を否認し次の通り反駁する。

(1)  本件土地の隣地に終戦後間もなく建てた久ケ原マーケツトは昭和二十二年頃火災により焼失したので、同年再び建築するに当つて終戦後の資材並に金融難等のため従来の残存未焼失施設即ち本件土地の便所等はその儘にしておき、焼失前に凡そ五十戸あつた店舗は新建築に当り之を三十五戸に縮少整備したので、ゆくゆくは本件土地も整備して建物を建築使用すべくその儘の形態に於て使用していたが、偶々昭和二十四年頃に家屋(後に夜警小屋となる)一棟が搬入されて多少の変化を来したのみであつて被告等に本件土地並に土地上の便所、井戸等を貸与した事等は全くない。

(2)  久ケ原マーケツトの店舗形態は巾員約四米の通路をコの字形に公道に接するように設け、その通路に沿つて店舗を位置せしめたのであつて、これも防火上種々の観点より私道としては相当に広い幅員を設けたが、被告等は該通路に建て増をしたり店舗ケースを出したりして夫々現状の如き通路となつているのであるが、決して元々から斯様な状態ではなかつたのである。

更に原告はマーケツト内に水道二個所を設けマーケツト内の者全部の者に対して解放しているが、中でも特に水を多量に使用すると言われる肉店(被告丸田善四郎)魚店(被告鈴木儀晴)鶏肉店(被告加治秀一)は各個に水道の設備を持たせてあるので、被告の説明の如く業務用水、飲料水について本件井戸が不可欠なものであると称することは出来ないし、又便所も本件場所の他に一箇所を設けてあつて右同様別段本件便所は不可決の設備ではない。勿論井戸を賃貸の対象とした事はない。

(3)  而して原告は被告等に対して本件土地を使用させるには物干場一つ設けるにも総て原告の了解を得たうえ使用させていた程であり、固より本件土地上の井戸並に便所の維持修繕を被告等にさせたり又はさせるようなことを約したことは全くない。

原告(マーケツト建築当時は訴外の三露謹吾)は只管久ケ原マーケツト全体の経営主体としての立場から顧客のことをも考えて本件の如き便所を便宜的に存置し、又被告等などにも便所並に井戸を解放して使用させていたことはあるが、ただそれはマーケツト全体の経営者としての立場から便宜を計つていたものに過ぎない。それは集団マーケツトに於ては特に入店者の移動店舗の増設による入店者の増加等によつてマーケツト内の構成員の新陳代謝が常に予想し得られるのに、その一定時点の構成員に対して或程度の排他性を有する使用関係-例えば賃借権-を認めることは適当でないので、入店者の全部が利用出来る諸施設は之を入店者の各人に賃貸することなく、所有者の原告自らが所有管理して一般的に随時解放し入店者間に紛争を生ぜしめないことにするのが経営の円滑を期する所以であるからである。

従つて又斯様な次第であるから、本件の便所等は被告等が夫々貸借中の店舗の従物乃至は附属物とは称し得えない。

(4)  被告等は本件訴訟が提起されるに及んで只管自己の主張の正当性を作為するため、俄かに井戸の屋根囲いとか空桶の防火用水溜をコンクリートのものに改めることなどしているが、之とて全くの問題とするに足りない。

予備的請求の原因

一、本件の土地上の夜警小屋、便所、井戸等が仮りに被告等が賃借店舗に附随して賃貸借の目的物中に含まれると仮定しても、

原告は本件口頭弁論期日の昭和三十一年十月三十日被告等に対し後記の正当事由による一部解約の申入をなした。よつて被告等は右期日より六ケ月間の経営後である昭和三十二年四月三十日の経過と共に原告が請求趣旨記載の如き条件を履行すれば本件土地上の夜警小屋、便所、井戸等の明渡並に引渡義務の存することは明瞭である。

而して原告は本件土地上の便所、井戸を該土地の東北側面に現在のもの同様二坪六合の便所並に同所東南側面にポンプ式井戸を夫々建築及び設置したうえその余の本件土地三十一・九六坪の明渡を受け、該土地上には久ケ原デパートより久ケ原マーケツトに通ずる巾員約三米の通路を延長して之に面する店舗約二十二坪を右デパートの建物に増築する予定である。

尚原告並に訴外の三露謹吾は本件宅地四十坪を被告に賃貸したる事実は存しないので第一次的請求による原告の本件宅地所有権及び本件土地の一部賃貸人家本トハに代位して之等の権利に基き不法占拠者である被告等に明渡を請求する部分はその儘之を維持する。

二、而して原告の正当事由として主張するところは次のとおりである。

(1)  本件土地(夜警小屋、便所、井戸等に存在する場所)は池上線久ケ原駅に極めて近いところに位置し、店舗には好箇の場所でありながら便所、夜警小屋、井戸等が点在するの外その余の部分は空地になつている現状であること、他方本件土地に隣接して建築した久ケ原デパートはその建築に当つて将来本件土地を使用し得ることを当然の前提として設計せられた関係上、火災その他不時の出来事の場合他に待避するための完全乃至は安全なる出口を持つていないので、どうしても本件土地に通ずる通路を設けることは原告並に商店従業員及び顧客にとつても消防上並にその他保安上の見地から必要不可欠の事に属する。

しかるに当該久ケ原デパートは現在久ケ原マーケツト内の一店舗を使用不能にして横側から抜ける臨時の通路(別紙図面ア御参照)を設けて辛うじてその欠陥を補わなければならない事情にあつて、その不便はこの上もないのである。

(2)  又、久ケ原デパートは本件土地の奥寄(本件土地寄)の店舗は臨時通路が横側に通つている関係上、顧客は奥寄に進まないで入口の側に戻る等混雑を招き経営上不利な立場に立たされているので、前記(1) のような通路が出現すれば当該奥寄の店舗並に久ケ原マーケツト内の通路に使用中の店舗の両者も今後は満足に使用出来ることになる。

(3)  原告会社の目論んでいる久ケ原デパートより本件土地を抜けて久ケ原マーケツトに通ずる通路並にこの通路に面してデパート増築が完成すれば、久ケ原デパートと久ケ原マーケツトとの顧客の交流が完全に実現してマーケツトとデパートの双方とで一大日用品市場が完成され非常な繁栄を招来するものと思料されるので、原告としては後記(4) の理由のためにも是非本件土地を必要とする。

(4) 而して又久ケ原マーケツトを改築するためにも本件土地を必要とする。

即ち久ケ原デパートの店舗建物は原告会社の前代三露謹吾が昭和二十二年頃建築したものであるが、その頃は三露の資力面からも又終戦後の事で資材面からしても充分な時期とは言えない実状にあつたから、建物の屋根は所謂波型スレートで普通家屋の屋根としては必ずしも当を得たものとは言い難いし、木造部分も既に満十年の才月の経過によつて相当程度腐朽している。加之その店舗形態の古さは逐次顧客を他の商店街乃至は新興マーケツトに譲つている有様であるので、原告としては資力の充実次第早晩之を全面的に改築しなければならないと苦慮しているのである。

ところが、その改築資金そのものは原告会社自身の事業上の都合からは全部自己に於て負担しなければならないわけであつて現在建築当時の坪数の儘の状態を以て資金を見積つたとしても総延坪約一五五坪のマーケツト全体からすれば木造建築で少くとも六百二十万円の資金を必要とするのに之等に対して新たなる着想を採用し、二階建、或は店舗の美観などを考えればより以上の資金の支出は免がれないのである。ところが原告会社は現在迄之がための蓄積などはないので今後久ケ原マーケツト関係及びデパート関係の収入を併せて十三万円余と今後の増築による賃料収入分を約二万円、その他敷金若干と仮定して、それに諸雑費、諸公課等を考慮の内に入れるならば改築資金の調達も到底宇遠の計画ではあるが、さらばと言つて現状の建物の儘にしておくわけにもいかないので、原告会社としては良き店舗を一店舗でも多く設ける事によつて敷金や賃料などの収入を得るのがこの計画を尤も早く実現させる近道になるので、その為にも本件土地を必要とするのである。

(5)  又、店舗の改築の場合、久ケ原マーケツトに従来贔負の顧客の為には一方が工事中にも他方は工事に全然関係のない店舗街部分を残存せしめることによつて顧客を喪失することなく改築を完了するのが望ましい。その為には現存する久ケ原デパートを本件土地にまで拡張して満足なる店舗形態を整備し、デパートは左様な改築云々にかかわらしめない店舗形態を創設することも本件土地を必要とする一つの理由である。又この事は若し改築中は久ケ原デパートからの収入が原告にとつて唯一の収入であることからしても尚更である。

(6)  而して夜警小夜は被告等が従来行つて来た事がある如く夫々の責任に於て詰所を選定して行つたとしても何等の不便はないだろうし亦仮りに多少の不便が伴つてもそれ位のことは社会通念上忍ばねばならないことに属するであろう。

(7)  尚久ケ原デパートは原告会社がその資金を以て建築したものであり、三露謹吾個人が建築したものではない。又原告会社は所謂同族会社であるから三露謹吾個人名義を使用して建築しても別段建築所有者の同一性を害するものではない。

従つて現に登記簿上も原告会社の所有になつている本件の場合には解約申入れの効力に何等影響はないのである。

(8)  他方、被告等は本件土地を明渡したとしても、原告会社は請求趣旨記載の如き施設をするので、何等の痛痒を感ずるものではなく又原告会社が久ケ原デパートの通路を設け店舗を多少増設したところで被告等の営業は益々繁栄こそするが何等の犠牲にはならない。

しかも原告会社は斯様な企画によつて従来の方針通りに店舗形態を整備したり且又経理面の内容を良好にし、将来久ケ原マーケツトの改築に備えようとするものであつて被告等をして住居生存の危機に直面せしめるものでないことは請求の趣旨自体によつても自ら明瞭なところである。

(9)  尚原告は被告等が本件土地の明渡をなすことを条件として被告等に金五万円を提供することを此処に表明します。

三、被告等の主張を否認し次の通り反駁する。

(1)  原告は本件マーケツトの経営者としてその全面的改築を目論見てはいるが、先づ当面久ケ原デパートの拡張を目的とし次いで本件マーケツトを改築の運びに至らしめようとしているわけであつて、これには何等の偽りも粉飾もない。

該マーケツト改築は原告会社の経営内容等と直結する問題であつて、技術的に言つても被告等に介入されるのは好ましくないし、若し被告等の各々から改築資金の一部として名目の如何を問はず金員を徴収しようものなら何時原告会社の経営に介入されるかわからないからである。

(2)  次に建物の敷地なるものは元来建築主の意思によつて定まるものであるが、それは兎に角、本件土地は久ケ原デパートが建築してある土地の後方に当り、地形上から看るも当然同デパートの後方通路或は又増築のために使用せられるべき性質のもので又沿革的からするも現デパートの所に嘗つて三露謹吾の住家が存在した時に本件井戸を掘鑿して常時井戸を使用していたことからして本件土地は久ケ原マーケツトの敷地ではない。

(3)  被告は建築基準法に基いて本件土地に関する原告のデパート増築予定坪数についてその建蔽率を争うが、本件土地上に原告主張の如く二十二坪の増築の可能なことは鑑定人川村達郎の鑑定の結果に照して明瞭であり、被告の主張は何等理由なきものである。

又、当該建蔽率の算定は建築しようとする夫々の建物について個別的に決定しなければならない性質のものであるから、本件の原告の増築について久ケ原マーケツト全体の比較に於て建蔽率を云々することも誤りである。

更に又、被告は建蔽率を算定するに当り現存建物の総坪数は合計二〇八坪七合五勺であると称するが、これは本件係争中の大谷久一無断建増部分約〇・八坪及び便所二棟、ヨシズ張小屋二ケ所等建築基準法上の建物と称し得ないものまで加算している点等その算出方法の基礎に於て多大の誤りを侵しているのでこの坪数の点は全面的に争う。

物件目録

土地

(1)  東京都大田区調布鵜ノ木町拾番ノ壱

一、宅地 百坪壱勺及び

右同所同番ノ参

一、宅地 参百七拾壱坪九合

の双方に跨る宅地四十坪

(2)  東京都大田区調布鵜ノ木町拾番ノ参

一、宅地 参百七拾壱坪九合の内約〇、八坪

建物

右(1) の土地北側所在

一、木造ルーヒング葺平家建便所壱棟

建坪 二坪六合

右(1) の土地南側所在

一、木造ルーヒング葺平家建夜警小屋壱棟

建坪 壱坪五合

準備書面

請求の趣旨に対して、

一、第一次の請求に対して、

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

二、予備的請求に対して、

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第一次の請求の原因に対して

一、第一項記載の原告主張の事実は認める。

二、第二項記載の事実中、被告等が原告主張の店舗を賃借していること並にその主張の便所、夜警小屋、井戸及び本訴係争土地を占有していることは認めるも、その余の主張事実は否認する。

三、第三項(イ)記載の事実中、便所が原告の所有であること、並に夜警小屋がもと大岡山露天の屋台でありこれを訴外三露謹吾が譲受けたものであること、被告等が便所及び夜警小屋を占有していることは認めるけれどもその余の主張事実は否認する。

もと訴外謹吾が所有していた屋台と現在の夜警小屋とは、その建物たる性質、構造、坪数等全く別異の物件であつて同一性を有しない。

被告等は訴外謹吾より右屋台の提供を受け、その資材を利用して現在の位置に夜警小屋を建築したものであつて、夜警小屋は被告等の共有にかゝるものであり原告の所有ではない。

同項(ロ)記載の井戸が訴外謹吾の掘鑿したものであることは争はないけれども、その余の主張事実はすべて否認する。

右井戸は昭和廿二年十一月久ケ原マーケツト開設以来同マーケツト専用の井戸であつて、訴外謹吾が右井戸を使用した事実はない。

四、第四項記載の事実中、夜警小屋の所有権が原告に移転したとの事実は否認するも、その余の事実は争はない。

五、第五項記載の事実中、被告大谷が原告主張の如き建物を増築したことは認めるも、右増築が無権限になされ敷地を不法に占有するものであるとの主張は否認する。

被告大谷は、土地所有者にして且つ当時の建物賃貸人たる訴外謹吾の賃料増額並に増築部分を謹吾の所有とすることを条件として、その承諾の下に原告主張の建物部分を増築し当時より貸料の増額に応じ且つ増築部分を謹吾に提供したものである。

六、第六項記載の事実中、本訴係争土地及び便所、井戸等を被告等に共同して賃貸した事がないとの事実、久ケ原マーケツト商業組合が組織されたのが昭和廿五年五月頃であるとの事実、被告等が同年一月頃より本訴係争土地を不法に占有したとの事実はすべて否認する。

その余の主張事実は争はない。

七、第七項の請求は失当である。

その理由は後述被告等の主張の項記載の通り。

八、第八項の請求も亦失当である。

本訴係争土地並にその地上施設について、原被告等間に使用貸借関係の成立する余地はない。

仮りに右土地の使用関係が使用貸借であるとしても、後記被告の主張の項に於て述べる通り、本訴係争土地並に地上施設は原被告等間の建物賃貸借の目的を達する上に必要不可決の賃貸附属物であるから、原告と被告等間の建物賃貸借関係が存続する限り、未だ民法第五百九十七条に所謂『使用及び収益を終りたる』ものというを得ず、原告の主張する使用貸借の解除は何等の効力を生ずるに由なきものである。

九、第九項(1) 乃至(4) 記載の事実中、後記被告の主張に反する主張事実はすべて否認する。

特に、

同項(1) 記載の久ケ原マーケツトの昭和廿二年焼失前は、本訴係争土地の敷地一杯にマーケツト建物が存在したとの主張事実、並に本訴係争土地及び便所井戸を被告等に貸与した事実が全くないとの主張事実はいずれも否認する。

同項(五)記載の事実中、久ケ原マーケツトの敷地内に幅員四米のコの字型通路並に水道二ケ所が存在することは認めるけれども四米の幅員は法律上(建築基準法)許される最低限度の幅員であり(それ以下の場合は四米まで幅員を増さなければならない)私道としては相当広い幅員を設けたという事は勿論できないのみならず、被告等がこの通路に建て増しをした事実はどこにもない。また、便所、井戸は後述する通り被告等が居住営業をなすため絶対に必要にして不可欠の設備である。

第一次的請求に対する被告等の主張

一、本訴係争土地は久ケ原マーケツトの敷地(団地)である。

久ケ原マーケツトの店舗併用住宅十一棟二十三店舗が昭和廿二年十一月設けられた当初よりその敷地四百四十八坪は、西側に於ては公道に接し、南側に於ては生垣並に有刺鉄線で隣地と堺し、東側に於てはコンクリート塀及び石垣を以て隣地と堺し、北側は石垣、生垣及びスレート防火壁を以て隣地と堺し、その敷地範囲は明瞭であつて、原告が本訴に於て明渡しを求める土地部分宅地四十坪は、右久ケ原マーケツト敷地の東北角に位する右マーケツトの敷地部分である。

二、被告等はいずれも右久ケ原マーケツト店舗併用住宅の賃借人であり、該賃借店舗に於て日用品食料品等の小売販売業を営むとともに、一、二の例外を除き大部分の者は家族とともにここで居住し生活している者である。

三、而して久ケ原マーケツト十一棟の店舗併用住宅は各戸には生活上必要とする便所の設備がなく(被告河津藤三を除く)また営業上生活上絶対に必要とする水道の設備がないのであつて、便所並に水道はいずれも、東北隅の本訴係争土地上の共同井戸並に東南隅の共同便所及び共同水道に依存するようマーケツトが設営されているのみならず、右マーケツトは建築基準法に定められた建蔽率を無視して狭隘な敷地内に極めて稠密に建て並べられているため、通常日用品小売営業に必要な敷地部分並びに日常生活上(例へば洗濯場、或はその干場、炊事場等)必要とする敷地部分が各戸の周囲に存在せず、すべてこれ等の必要を充す場所として本訴係争土地の使用が予定されマーケツトが設営されているものである。

四、従つて、被告等は、久ケ原マーケツト開設当初より賃借居住している被告等はその頃より、その後逐次賃借居住するに至つた被告等はその賃借当時より今日に至るまで、本訴係争土地及びその地上施設たる便所、井戸、夜警小屋をその用法に従い共同で使用占有して来たものであり、右占有は、建物賃借人として建物の附属施設、敷地を占有使用しているものであつて何等不法にこれを占有するものではない。

また被告等の占有の状態はマーケツト開設以来不変であつて、原告の主張する如き昭和廿五年一月を境として占有の態容乃至方法等について変化のあつた事実はない。

また被告等建物賃借人としては本訴係争土地並びに地上施設が使用できないときは、(予備的請求に対する被告等の主張の項に於て詳述する通り)営業上の活動は因より炊事、洗濯等日常の生活すらこれを行うことが出来なくなるのであつて、本訴係争土地並びに地上施設は営業並びに生活に絶対に必要不可欠の賃貸附属物であり、これなくしては建物賃貸借の目的を遂げることができないのであるから、建物賃借人たる原告は被告等に対し本訴係争土地並びに地上施設を提供して使用せしめる義務があり、被告等の占有使用を妨げることができないのは勿論その引渡しを求めることはできない。

予備的請求の原因に対して

予備的請求原因の項記載の原告主張事実中

一、第一項記載の事実は、原告がその主張日時、その主張の如き賃貸借の一部解約の申入れをなした事実のみを認めその余の主張事実はすべて否認する。

二、(1) 第二項(1) 記載の事実は否認する。

原告が本訴係争土地上にその主張の如き店舗約二十二坪を新設するときは寧ろ逆に「火災その他不時の出来事の場合に待避する」余地を喪うこととなり、「消防上並に保全上の見地からも」危険を増大することは火を睹るより瞭らかであり原告の右主張は詭弁たるに止るものというべきである。

(2)  同項(2) 記載の事実は否認する。

本訴係争土地に通路(法律によつて四米以上であることが要求されている)のみを新設するというのであるならば格別、右準備書面添付の図面に徴すれば原告は建物のみを建築し店舗を新設する計画であることが明らかである。

そうなつた暁に於ては顧客の混雑が倍旧するは、勿論であつて、何等原告の主張する如き交通の混雑を緩和するに役立つ訳はない。畢竟、右の原告の主張も矛盾接着の甚だしきものであつて到底首肯出来ない。

仮りに原告主張の如く本件土地にデパートとマーケツトを繋ぐ三米幅員の通路を設ける計画が存するとしても、既に両建物を繋ぐ、幅員四米半の通路が存するのであるから、更にその上本訴係争土地上に通路を設けなければならない必要性は毫も存しない。

(3)  同項(3) 記載の事実は否認する。

本訴係争土地上に店舗を新設することは狭隘な久ケ原マーケツト敷地を愈々狭くして顧客の混雑を招き顧客をして不愉快の感を抱かしめるのみならず、被告等の営業活動に支障を来さしめ久ケ原マーケツトの繁栄に資するどころか寧ろ逆に之を衰亡せしめるものである。

若し、原告の示す斯るデパート建築計画が被告等の繁栄を示すものであるならば、何で被告等がその計画に反対し、必死になつてこれを阻止せんとして争うことがあろうか。

(4)  同項(4) 記載の事実中久ケ原マーケツトの建物が相当腐朽しているとの主張事実は認めるも、その余の事実は否認する。

原告が久ケ原マーケツトの改築につき一片の努力も尽さず、その意思も存しないことは本訴訟並びに和解手続期日に於ける主張、態度に照して明白であるのみならず、原告の所置は要するに『(1) 久ケ原マーケツト改築のためには現在手持の健築資金を有しない。(2) 従つて、これが資金を貯えるためには敷金並びに賃料の増収を図らなければならない。(3) 敷金並びに賃料の増収を図るためには本訴係争土地に店腐を増築しなければならない』というのであるが、これは全く『風が吹けば桶屋が儲る』という議論と類を同じうするものであり、解約の申入れにつき正当な事由があるとするに足る、具体的にして合理的な論拠とは到底なし難い。

(5)  同項(5) 記録の事実は否認する。

仮りに原告にその主張の如く久ケ原マーケツトの改築を実施する意思があるとしても、右主張は主張自体理由がない。蓋し久ケ原マーケツトの改築については一部より逐次改築を行い(従来原告も亦斯る工事方法を主張している)被告等賃借人を一部宛新築部分に移す方法を採用すれは足りるからである。

(6)  同項(6) 記載の事実は否認する。

被告等が自己等の店舗を夜警員詰所として選定するということはその選定を受けた者が終夜店舗を開放していること、従つて、その者は徹夜起きていなければならないことを意味する。これが翌日の営業活動に差支え耐え得ないため専従の夜警員を傭い夜警員詰所を設けたものであつて、被告等の店舗を詰所とするというのでは、専従の夜警員を雇傭している意義は殆んど失はれるといわなければならない。

原告は「それ位のことは社会通念上忍ばねばならないことに属する」と主張するけれども、非常緊急の際なら兎も角、専従の夜警員がいるにも拘らず常時被告等に徹夜を強要するという底の人権の無視したこと迄して夜警小屋を取払はなければならない必要性はどこにもない。

(7)  同項(7) 記載の事実は不知。

(8)  同項(8) 記載の主張事実は否認する。

右主張は黒を白と強弁する全くの詭弁である。

(9)  同項(9) 記載の主張は全く理由がない。

三、第三項(1) 乃至(3) 記載の被告等の主張に反する原告の主張はいずれも否認する。

特に

(1)  本訴係争土地は当初より便所並びに井戸の敷地並びに便所及び井戸を利用するに必要な土地部分として、用意された土地であり、現在に於ても便所及び井戸を被告等が利用する上から、狭隘に過ぎることはあつても土地に余剰分は存しない。また井戸が三露謹吾個人の用に供せられていた事実は、絶対にない。同人の住所と本訴係争土地との出入りは完全に遮断されていたものである。

予備的請求の原因に対する被告等の主張

一、原告が原被告等間の本訴係争土地に関する賃貸借の一部解約をなすにつき正当事由として主張するところは、本訴係争の土地上に久ケ原デパートの店舗約二十二坪を建築する必要があるというに尽きるのであるが、本訴係争土地は久ケ原マーケツト建物の敷地であつて、デパートの敷地ではない。(原告が被告等に対して賃貸借の本訴係争土地及びその地上施設に関する一部解約を請求の原因として主張している以上、右土地が久ケ原マーケツトの敷地であることは、これを自認しているものと認むべきである。)

而して、本訴係争土地は、現存する久ケ原マーケツト建物のうち東南隅の二棟の建物(本訴係争土地に隣合う被告大谷等の賃借する建物及び被告板倉等の賃借する建物)の敷地として既に建蔽率が不足している事は鑑定人川村達郎の鑑定の結果に照して明白であり、原告としては本訴係争土地上に一坪たりと雖も建物を建築し得る余地は存しない。

従つて、原告が賃貸借を解約するにつき唯一の理由として掲げる建物の建築が強行法等に背反し、許容せられざるものである以上その余の区々たる原告の主張部分について論議するまでもなく、原告主張の解約申入は本訴係争土地を必要とする根拠を喪い結局正当な理由を欠くことが明白であるから、賃貸借一部解約の効力を生じない。

二、被告等が本訴係争土地並に地上施設を使用する必要の極めて痛切なものがあり、被告等の営業の維持継続並に日常生活の維持につき殆んど死命を制する底のものであることについては今更蛇足を附するを要しないと思はれるけれども、尚その主要なる点を摘記すれば、

(1)  原告が新に便所及び井戸を新設して被告等に提供することは結構であるけれども、右新設の便所及井戸に至る通路として残置さるべき土地部分が巾僅か二尺で極めて狭隘であることは、これ等便所及び井戸の十分な利用を阻害するものである。久ケ原マーケツトには三十三世帯約百三十人の被告等賃借人が居住営業しているのであるが、水道の出水状況極めて貧弱であつて、絶えず出し放しで使用しても僅か普通の家庭の一戸分の使用量にも達しない(乙第七号証の一、二及三、四の比照によつて明かである)程であつて、大量の水を必要とする肉屋、魚屋、八百屋等の業務用水には勿論炊事、洗濯、飲用に供する水すら十分にこれを賄うことが出来ない。従つて、これ等業務用水を始め、洗濯、炊事の水、飲用水は殆んど全くと云つてよい位井戸に依存しているので、これが利用のため井戸に赴く被告等及びその家族は終日跡を絶たず、通路を交通する人数は相当多量に上る筈である。

また便所も、被告等及びその家族約百三十人の居住者がこれを利用し、都の清掃部は被告等の特別の要請によつて、毎日二回乃至三回トラツクを以て百六十樽程度の糞便を汲み取る程であり、少し油断すれば、汚水が便所よりあふれ出す有様であつて、便所の利用度も極めて激しいものがある。

従つて便所及井戸に通ずる通路が僅か二尺に過ぎないという事は途中で行き交う事が出来ないのは勿論、馬穴に水を汲んで持運ぶ場合体を真直ぐにして歩くことも出来ないことが明瞭である。

斯ように便所及び井戸の利用が通路の狭隘さのため阻害されることが予想できる場合、原告は既存の便所及井戸の代替物を形のみ提供しても実質的には被告等の必要を充すことにはならない。

(2)  次に三十三世帯約百三十人の居住者が二、三の例外を除いて殆んど全部井戸端で炊事の用意をし、洗濯するのであるが、原告の代替として提供する筈の井戸にはその周囲に炊事及び洗濯をするに足る丈けの余地が全くない。

若し原告の主張する如き建築がなされたとすれば、マーケツト居住者は事実上殆んど炊事も洗濯も本訴係争土地ではできなくなることが明かであり、さればといつてマーケツトの敷地内で他に炊事、洗濯の出来る余地のあるところは他にない。

(3)  被告等は本訴係争土地上に共同の物干場を有しているのであるが、原告がその主張の如き建物を建築した暁に於ては被告等マーケツト居住者は洗濯物干場を全く喪うこととなり、マーケツト敷地内に他に物干場とすべき余地は全く存しないので、仮りに洗濯はできてもこれを干すべき場所がないこととなる。

原告はそもそも久ケ原マーケツトを建設するに際し、当然建築基準法に定められた比率に従つて各種の建物を建築し各棟にそれぞれ所定の建物敷地を附属せしめなければならないのにも拘らず、同法に背反し敢て所定の建蔽率を超過して不法な建築を敢行し、建物賃貸人が営業、居住に必要とする敷地部分を残置せず、僅かに本訴係争土地部分を以て従来被告等建物賃借人の営業並に日常生活上の最低限度の必要を満さしめていたのであるが、今またこれをも取上げるということは被告等が賃貸借に際して夢想もしなかつたところであり、被告等賃借人に対し営業も、生活も禁止するというに等しく被告等は建物賃貸借の目的を達することが出来ない。

原告が被告等との間の賃貸借全部の解約を原因として訴求するならば格別、本訴係争土地部分のみの一部解約は絶対に正当性を欠くものである。

図〈省略〉

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